2021年の1曲

※とある講座の課題として書いた文章です。

 

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ドラマ「大豆田とわ子と3人の元夫」の主題歌として制作された「Presence Ⅰ」〜「Presence Ⅴ」。STUTSによるトラックの上で、5人のラッパーと主演・松たか子がコラボレートするという企画で大きな話題を呼んだ。

 

この曲の特徴を一言で言うと、「越境」だ。企画性と作品性の両面から、ヒップホップとポップス、ラップと歌、アンダーグラウンドとメインストリームの間の壁を、軽やかに、鮮やかに超えていく。筆者がこの曲を2021年の1曲として選んだ理由も、その越境する様こそが日本の音楽文化における一つの結実に見えたからである。J-POP=日本の大衆音楽では、2010年代半ばからその枠組みの中でジャンルをクロスオーバーさせるアーティストが台頭。それにより今のJ-POPシーンは確実に面白くなっている。この曲はその極地にある、最高の2021年の「J-POP」だと言えよう。


参加アーティストに着目すると、KID FRESINO、BIM、NENE、Daichi Yamamoto、T-Pablowという気鋭のラッパーたちが地上波でフィーチャーされたことの意義は大きい。そして彼らと交わることで、十分すぎる実績と知名度を持つ松の新たな魅力が垣間見えたことが、この曲が幸福なコラボレーションだと言える所以である。また、この曲では劇中で3人の元夫を演じた俳優陣もラップパートに参加。それも単なる話題性ではなく作品に新たな彩を添えていたという点は、この時代にマスメディアで“仕掛ける”ことを考える上でも特筆に値する。特に、「Presence Ⅲ」での東京03角田晃広の活かされ方——1番で角田らしい無骨なラップを、2番で一転して加工を施したメロディアスな歌を魅せる——は素晴らしかったと筆者は思う。そのような角田の活かされ方も、近年役者としても活躍の幅を広げる芸人・角田の姿そのものも、まさに「越境」である。

 

楽曲自体の越境する様にも通ずる、松の流れるような歌唱に載せて歌われるのは、〈心の中に残る後悔へ 大切に何度でも呼びかける〉〈ここから始まる 新しい朝に向けて 夢はもう醒めた〉というシンガーソングライター・butajiによる詞。過去への複雑な感情と、その過去を否定せずに未来に向けて歩み出そうとする詞が、平易な言葉を用いながらも、そんなに単純じゃない社会を生きる私たちの現実にそっと寄り添う。〈曖昧で 純粋で 私が自分で決めた幸せの姿〉という詞も、バツ3の主人公・とわ子の姿とも重ねられて、2021年的な社会へのメッセージといえる。自分の幸せの形を決めるのは、社会ではなく、他の何者でもなく、自分しかいないのだ。そんな当たり前のことを本当の当たり前にしていくために、2021年も多くの人が声を上げた。

 

この曲には、企画性としても、そして過去→未来を歌う詞としても、いろんなものを超えていく「流れ」がある。その「流れ」があるからこそ、その流れの中でも揺らがない確かな存在=Presenceである「私」、そして時の流れの中で「私」が存在する場所である「現在」が強く刻みつけられる。だからこそこの曲は、2021年を生きた私たち自身の現在を映し、私たち自身の現在に響く力を持っているのではないだろうか。


この曲が2021年を象徴するのは、音楽シーンであり、社会であり、過去への後悔は尽きずともそれでも2021年を生きた、私たち自身である。時代の流れの中で2021年にこの曲が存在したことは、いつか振り返られる確かな出発点となるだろう。